存在するのが当たり前だった人 

私は超弩級の音痴の上に英語が大嫌いなので洋楽全般に関しては全く疎い女である。

字幕があるので洋画は大好きなのだけど、洋楽はダメ。
ま、洋楽に限らず音楽全般が苦手で、どれ位苦手かというと今まで35年の生涯で「買おう!」という確固たる意志を持って買った音楽CDが多分全部で10枚位しかない(いや、あるかないか)というこの事実がすべてを物語る・・・。

10枚なんて言ったら音楽好きな人が一回HMVとかタワーレコード(←この位の単語は知っている!をアピール!)に行ったらたちまち到達してしまう枚数じゃないか。

まあそれ位音楽にはとんと疎い人生を送ってきた私なのだけど・・・。

それでもマイケルジャクソン急逝のニュースは日が経つにつれ心に大きな穴が広がってきている。

これほど洋楽に疎い私ですら彼の歌は知っているし、小学校の頃体育の時間、体育館の床でムーンウォークをして先生に叱られる男子を眺めていた記憶がある。

中学生の頃が今にしてい思うと彼の音楽的な全盛期と重なるのだろうか、マッチやトシちゃんを「卒業」したナウな女子達が洋楽に走り始めていたが、その中でマイケルジャクソンという名前は別格の扱いだった気がする。

私はファンでは無かったので「青春を失った」とかそこまで言う資格はないのだけど・・・
なんというか、生きてきた過程で必ず存在していたものが無くなってしまったような・・・そんな寂しさがある。

音楽的な活動を控えてしまった後もマイケルジャクソンは忘れた頃に「定期的」な話題を振りまくことでその存在を知らしめていたし、とにかく音楽やエンターテイメントの世界で、とりあえずこの人だけは必ずいつも「居る」存在だった気がする。

・・・それにしても特にファンでは無かった私ですらこんなにショックで虚無感を感じるのだから、彼の熱烈なファンの人達のショックと悲しみはいかばかりであろう。

あるのが当然だと思っていたものがある日突然失われるショックというのは言葉に表すのが難しいほど辛いことだ。

彼の冥福を祈るとともに、彼のファンだった人達の心の傷が少しでも早く癒えるようにと願わずにはいられない。

それにしても・・・やっぱり彼のような人はもっと長生きして欲しかったと思う。

佳人薄命、才子多病・・・とても嫌な言葉だ。