東京「お病人」生活・・・2・マダム・ガトーの憂鬱 

最近、一番辛い病気というのは何だろうと考えることが多くなった。

世界に数人、というような難しい病気は勿論辛いと思うが、やはり一番最初に頭に浮かぶのは白血病などのがんに関連した病気だと思う。

何しろ「余命・・・・」という言葉が使われるのだ。

この言葉を自分が冷静に受け止められるだろうかと考えるととてもではないが出来ない。

ちなみに私の病気の場合、「余命・・・」という言葉は使用されない。
皆、必ず一番最初に医師に「これから一生の付き合いになります。頑張りましょう」という宣告される。
まあこれもある意味辛いのかもしれない。

でも私はこれを辛いことだと、今は思わないけど。




私の居た病棟は二つの科の患者さんが入院していた。
一つは私の科。もう一つは糖尿病科である。
個室一つ分をぶち抜いて「糖尿病教室」なる立派なスペースまで確保されており、患者数といい、どちらかというと糖尿病科の人達が優勢の病棟であった。

マダム・ガトーは糖尿病科の女帝的な存在だった。

糖尿病にも二つあって、先天的にインシュリンが分泌されないタイプと、所謂生活習慣病によって引き起こるタイプのものがある。
・・・とは言え、後者も完全に生活習慣病だけによるものではなく、インシュリンが分泌されるすい臓の機能が元々弱いという因子もあるのだと私に力説してきた人が居たのだが、マダム・ガトーはどう見ても生活習慣病が募りに募って発症してしまったのだろうというオーラを全身総てから漂わせていた。

マダム・ガトーは糖質と脂質をこよなく愛する夫人だった。

女帝の周りには常に取り巻きがあるのがお決まりだが、当然マダム・ガトーのベッドの周りには常に同じ科の仲良し数人が座り、お喋りに花を咲かせていた。
マダム・ガトーのベッドは6人部屋の一番出口近くにあるのだが、申し訳ないことに取り巻きさん達がお喋りに花を咲かせ始めると出口が狭くなってしまって仕方なかったのが妙に印象に残っている。

糖尿病科の入院は教育の為の入院という意味合いが強く、上記した糖尿病教室というのに通い、知識を身に付けたり、またインシュリン注射のやり方を覚えたり、低血糖になった時の対処の仕方などをキチンと身に付ける。

つまり毎日実に丁寧な栄養指導を受ける訳だ。

しかし、マダム・ガトーは毎日の回診で担当医に必ず

「もうね、ココのご飯って、ちょっとアッサリしすぎているっていうか・・・ねえ、センセイ、ちょっと仕上げに油をちょっとたらすと美味しくなるんですけどねぇ

と料理教室さながらの説明を始めていた。

・・・毎回である。

センセイ、当然「まあね、でもその油の摂り過ぎが良くないのでしたよね?糖尿病教室で習いませんでしたか?」とおおせになるがマダムは負けない。

「ん、でも、センセ、やっぱりお料理の仕上げにはね・・・」

・・・一応ここは病院であって料理教室ではないのだが。

こうしたやり取りは毎回だった。


糖尿病科の人達は割と自由に外泊・外出が許される人が多く、指をくわえて眺める私達を尻目に意気揚々と「今夜は家に泊まってくるわ~♪」と自由な入院生活を謳歌していた。
マダムも楽しそうに外泊をし、病棟に戻ると「ああ~憂鬱だわぁ~」とぼやきつつ医師の回診を待っていた。

担当医は「マダム・ガトー、外泊は如何でした?食事はきちんと摂りましたか?」と確認する。

何度も言うが私が居たのは大部屋だ。
別に聞こうと思わなくても耳に入ってきてしまう。
薄っぺらいカーテン一枚では私の鼓膜は覆えない。



マダムは得意気に話し始める。

「ええ、センセ、もうね、ワタクシ、ちゃーんと気をつけたんですよ例えばね、天ぷら?天ぷらを食べる時は衣を外したでしょ・・・」


・・・てか、何故そこで天ぷらをチョイスするのだ?!


・・・というのは医師も同じように思ったらしく 「嗚呼・・・天ぷらね、天ぷら食べちゃいましたか」と力なく対応していた。


糖尿病科の先生達というのは実に温厚でないと勤まらないと思った。


糖尿病科の人達の入院は概して短いことが多い。
大体1週間~10日の期間。引き換え私達は大体「1週間位」と騙され(?)数ヶ月単位になることが多く、細々と何時までも病棟に居座ることになる。
この頃6人部屋のうち、糖尿病科が4人を占めていた。圧倒的優勢状態の上、女帝が君臨しているのだからもう糖尿病天下の世だった。

常に美味しいものの情報が声高に語られ、糖質と脂質にまみれた会話がなされていたのだが、そうした会話が最高潮に達する頃、必ずマダム・ガトーの雄叫びが響く。


「本当に私達の病気ほど辛い病気は無いわぁ~。

美味しいものが食べられないし、

注射があるから旅行だって行き辛いじゃない。

手術でパパッと治っちゃう病気の方がどんなに

楽かわかりゃしない」



・・・なんというか、ココまでくるともう「羨ましい」としか言えない思考回路である。

その頃、私はちょうど腎生検をするかしないかがハッキリせず、悶々としていた時期だったので、それを毎日聞かされ本当に腹が立っていたのだが、今は「あー、あんな風に考えていられるんだー」位にしか思わない。

きっとマダム・ガトーはとなりにどんな重病人がいても同じことを主張し続けていくのだろう。
愛する脂質と糖質にまみれることを許されない我と我が身を嘆くのに違いない。

実は入院中、なんでまたこんなにも毛色の違う科が同じ病棟に入院させられるのか疑問でしょうがなかった。

まぁ、本当は勿論違う理由からだと思うが、でも何となく思うのだが・・・私達の科の患者は皆日々忍耐強くなっていく。
そして所謂「余命・・・」という単語が使われることが少ない細く長い蕎麦病だ。


こういう思考回路の人達と一緒に居るには適当な存在なのかもしれない。

↑遂にここまで傍観出来るようになったか

ま、とにかくだ。
こんな台詞は、本当に「辛い病気」の人に聞かせてしまうのは少々酷に思う。


マダム・ガトーはやはり10日位の入院で圧倒的な権力を放棄し、意気揚々と退院していった。
退院間近に取り巻きさん達とグルメ情報の交換を盛んにしていたので、きっと退院後は彼女的には幸せな生活を送っているに違いない。

「私の病気ほど辛いものはないわぁ~」

と声高に叫びつつ。

いや、確かにマダム・ガトーにとってはそれが一番辛いのだろう。
人によって辛さの閾値は全然違う。


今となってはマダム・ガトー程の根性が欲しいと思う位だ。

しかし糖尿病科は実は一番リターンズ(再入院)が多いと囁かれていた。

・・・マダムの退院の時の意気込みを考えると大丈夫なのだろうかと思わざるを得ない。






勿論真面目に糖尿病に向き合い、勉強し病気に立ち向かおうとする人達もいるには居たのだが、私の部屋にはどうも個性的な方が集まる傾向が強かったようだ。
とにかく私は初めて接する彼女達の言動には圧倒され続けることになる。


さて。


マダム・ガトー引退後、その全権力を引き継いだのがマダム・ポワッソン。


・・・初めて出会うタイプの女傑だった。


Comments

こんにちは(^^)
糖尿病はいろんな病気併発するし、失明とかの危険性も多分にあるので、
マダム・ガトーくらいの気概じゃなきゃ、乗り越えられないのかもしれませんね(笑)
入院中に声高の主張を聞かされると、
そんな人のいいことも言ってられないとは思うけど(^^;

「余命」も怖いですよね。。。
私は絶対耐えられないと分かってるので、旦那にはもし私がそう宣告されても
絶対に教えてくれるな、と言ってます(^^;
そうすると、かかってるガン保険はどうなるのかな?とも思いますけど(笑)

ちなみに、私の祖父は胃がんで、余命半年~一年の宣告を60才の時に
うけたらしいんですが、なんと81才まで生きました(吃驚)
そして、その息子(叔父)は去年余命2年を宣告されて、
つい先日9ヶ月の闘病の末亡くなりました。54才で。
ほんとに、余命ってわかりませんよね。
あれ?うちの父もガンだし、私ってもしかしてガン家系?タラ~~~~(^^;

v-286ルカさま

なんというか、ある程度自分の摂生や努力で病気のコントロールが出来る状況にあるのに「甘いものが食べられない!」「美味しいものが食べられない!」「だから辛いの!!大変なのよ!!」と言われちゃうとねぇ・・・。

どうやったって自分でコントロール出来ない病気もあるんだよー、と一言言いたくなっちゃうんですよね。
でも結局私はこのマダム・ガトーとは一言も口を聞かないまま終わりました(←陰湿)。

余命って本当に分からないし、がんって今増えていますよね。
・・・私は・・・やっぱり余命は知らせて欲しくないかも。
以前は絶対教えて!って思っていたけど、今は無理だって分りましたから(苦笑)

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v-286さま

コメント&ご指摘ありがとうございました。

・・・それにしても。
あれだけの教育機関を院内に設けるというのは人件費、設備投資、相当なものを掛けているはずで、なんでそれだけ掛けるかと言ったらそれだけ掛けても理解しなきゃいけない予防法、防がなくてはいけない怖い合併症があるんだよーってことだと思うんですけど・・・。

あそこまで見事にスルーしてしまっていいのかしらと勿体無く思ったものでございます。

あ、薬はビンゴです。
やっぱり飲んでいる間はしょうがないですよね~この間の「別人」っぷりをもう楽しんじゃいます。

入院すると全く縁もゆかりもなかった人と24時間いっしょに居るのですから、いろいろあるでしょうね。

最初ガトーさん、うざっ!と思いましたが、ほんとに辛い病気と思うとき(たとえ本人がそう思っているに過ぎないとしても)に、「わたしの病気ほど辛いものはないわ~。」と言える人ってある意味凄い人かなと…。

ポワッソンさん、一体どんな方かしら?

  • [2008/04/18 08:38]
  • URL |
  • セレステ
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絶句

マダム・ガトーさん・・・もう絶句なタイプのお方ですね。
医師の忠告をも聞き入れない、自己中心的な思考回路が素晴らしいです。(笑)
まだ、本当の病気の怖さをご存知ないのか、ドン底を味わっていないからなのか・・・?
自分より年齢を重ねた人達でも、育ち方や環境によって大きな違いを感じます。
年を重ねる毎に我侭になっていく老年層・・「モンスター患者」と呼ばれる人達の増加も問題視されていますよね。
自分だけはそんな風にはなりたくないと心に誓いました。v-22

さてさて、次にいらした患者さんは・・・?(笑)
(今回は、連続ドラマを見ているような気分ですぅ~)

v-286セレステさま

確かに糖尿病も合併症などを考えるととても怖い大変な病気だと分るんですけど、毎日毎日毎日毎日↑のように同じことを連呼されると・・・さすがにちょっと「ちょっと!!」という気持ちになってしまって。

その怖い合併症を防ぐ為に大変な医療費とコストと人件費を掛けて教室が開かれている訳ですよね。
そしてそれにキチンと従えばある程度、病気をコントロール出来るのに・・・。ちょこっとやりきれない思いを抱えてしまうのはいけないことでせうか・・・ふぅ・・・

v-286 rikkingerさま

うーん、最終的にマダムは自分の病気をちゃんと理解して退院したのかは甚だ疑問を残していきました。

というのも退院時の最後の説明で医師が「病気が進んでくると症状の一つとして痩せてくる人も居ます・・・」と言ったのですが、それを聞いた途端マダムは「アラ!!センセ!!痩せるならいいじゃない!!だったらワタシ、もっと悪化した方が都合が良いかも!!」と狂喜されておりましたゆえ・・・

そうそう、「モンスター患者」は今確かに多くなっているそうですね。
入院中、そうした患者さんに出会うことは幸い無かったのですが、やはり「スタッフへの暴力行為等により診療を中断することがあります」というような張り紙がありました。

なんか、不思議な世の中になったな、という印象が拭えませんでした。

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