東京「お入院」生活  14・前夜 

三十と数年の人生の中で、退院の前夜ほど穏やかな夜を私は味わったことが無い。

普段30分しか入れない風呂だが、私の直前に予約していた同じ部屋のお婆ちゃまが「nauさん!明日退院なんでしょ?ワタシ、夜に妹が来ることになったから今日お風呂入らないことにしたの。私の分そのままにしてあるから、1時間、ゆっくり入ってきて!!」と風呂の時間を譲ってくれた。

私の余りの「踏み」っぷりに哀れを感じていた同室の人達も口々に「直前まで気が抜けなかったけど、さすがにもう安心だねぇ、退院おめでとう」と言ってくれる。

最後の夜の担当看護師は腎生検当日、私のカテーテルを入れた看護師だった。
よくよく考えてみれば5日間入れていたカテーテルだ。もし彼女の入れ方の具合の良し悪しによっては尿道炎等を併発していたかもしれない。
それを思って私は血圧と脈を計ってくれた後礼を言った。
「カテーテル、ちゃんと入れて下さってありがとうございました。もしあれで傷付いて炎症を起こしていたりしたら私は立ち直れなかったかもしれません」と。
看護師はこの変な礼にさすがにちょっとビックリしていたが、去る時「色々大変でしたね、退院おめでとうございます」と穏やかに言ってくれた。

その夜、私はあえて睡眠薬を飲まなかった。
やっぱり眠れなかったが、それで良かった。
最後の夜を堪能したかった・・・なんでか分らないけど、とにかく最後の夜じっくりと過ごしたかったのだ。


いねカット5



麻疹騒動は本当に多くの人に不安と迷惑を撒き散らした。

限られた空間。ウィルスが明らかに漂っているその空間からは私は逃げたくても逃げることが許されない。
隔離病棟という普段では考えられない空間は今までの人生観を少し変える位のインパクトのあるものだったと思う。
腎生検以来、出血・発熱・余り良くない検査結果・衰弱・・・全くロクなことが無い。
その上こんな騒ぎに巻き込まれ、6日も恐怖に慄いたのだ。
一体どれ位の入院患者が入院時にこんな事態に遭遇するというのだ。

・・・と言っても当事者の方も好きで発症した訳じゃないし、仕方が無い。

麻疹騒動が治まった時、私は同室の人達とまあそういう風に話して納得をすることにした。




そして翌日木曜。毎週の教授回診。
どうも教授なる人に私の治療計画が伝わっていなかったらしく、いきなり「お薬が始まりましたから、効果を見るまで、まあしばらく退屈な時間になっちゃいますけど、まあのんびりと構えて・・・」と語りだされてまた焦るわたくし。

すかさず担当ボーイズのリーダーが「あ、教授、nauさんは今週末退院です。リュネット先生とご主人が相談されてそう決まりました」とおっさる。
「え?この薬の量で退院?!」 
・・・なんと患者を不安にさせてくれる教授でございましょう・・・。
一応「巷では大変に風邪が流行っていますからくれぐれも感染には気をつけて云々・・・」とフォローは入れてくれたものの・・・。

一週間の一番のメインイベント、教授回診でお墨付きを戴けばもう私の土曜の退院は確実のはずだ。さすがに私はこの時点で安堵のため息をついた。

しかし。

そうは問屋が許さないもので、後もうひと騒動が退院前日にちゃんと準備されていた。




退院前日の金曜。
私の居る6人部屋の一番入口に近いベッドに新患さんが入院してきた。
この時点でこの部屋に居るのは私を含めて同科の免疫がホリデーしている4人。
・・・ベッドに入ってきた新患さんは最初から異様だった。

とにかく咳が尋常ではないのだ。
時に派手に喀痰している。

私達はとにかく感染が一番怖いのでことに咳には特にナーバスである。
・・・全員自分のベッドに戻りカーテンを閉めた。
そこへ我がボーイズが挨拶と問診に登場し、カーテンの中に入る気配がした。
大部屋の哀しさで、カーテン一枚隔てただけの問診だ。嫌でも話は耳に入ってくる。別に盗み聞いている訳ではない。おまけに我がボーイズのリーダーの声は何故かカン高い。

新患さんはどうやら関節や腰の痛みが主訴らしいがその理由がどうにも「咳」らしい。

「咳がね・・(ゴホゴホッ)もう、止まらなくて、 (ゴホッ)それでもう背骨や腰が(グェッ・喀痰)痛くて(ゴホッゴホッ)・・・」

こんな調子。
罹患暦を確認するリーダーにこの新患さんは喀痰しつつこう応えた。

「200X年に結核をやりまして・・・」   
                                  (ガァッ!・喀痰)





・・・ぱおーん  




「ケ、け、ケ・・・結核ッ?!ちょっ・・・そ、それでそれは治癒されたんですか?!」

さすがのクールボーイズも度肝を抜かれたらしい。なんとも間抜けな質問をしている。あれだけ咳・喀痰をしていて治癒もヘッタクレも無いではないか。

果たして新患さん

「さぁ・・・多分薬を(ゴホ)貰ったのでそれで・・・(ゲホ)治癒かどうかは(グェッ)しりませんが・・・」

とぞのたまいける。

私達4人が窓際に集まったのはほぼ同時だった。窓を開け、風上を意識し4人で固まる。
結核は空気感染する。とにかく風上に立たねば!4人ともそう思ったのであろう。
病棟用の青いマスクをがっしりとつけた4人は窓際に固まった。

担当医が去って直ぐに看護師が新患さんにマスクを届ける。
「これをしっかりつけてベッドから出ないようにして下さい」

・・・これからがまた大騒ぎだった。
結局この新患さんはナースステーション前の個室に隔離されることになるのだが、その準備までやく3時間を要したのである。その3時間、私はどれ程ウンザリしたことだろう。

これは前回の麻疹とは明らかに様相が違う。
本人は明らかに知っている訳ではないか、自分が結核罹患者であることを。
そして結核がヒトに感染する病気であることを。

同室のおばさんが言うには「ああいうのって、自己申告しちゃうと個室代がかかるから言わないでおいて、病院側から強制的に個室に入れられるようにするみたいよ。それだと個室代が掛からないから」・・・らしいが、だとしたらもうとんでもない迷惑な話ではないか。

3時間後、個室の準備が整った時点で彼女はベッドごと移動して行った。

もう本当に全く最後の最後まで生きた心地がしなかったが、正直これまでの展開にショックの閾値が上がっていたのだろうか、今回は恐怖感は感じなかった。
・・・相当な怒りは感じたけどな





最後の最後までお間抜けで「どんだけついてねーんだよ」な展開の私の入院生活はこうして最後の夜を迎えた。


そして最後の夜は 土砂降りの春の嵐・・・。  (←どんだけ)



でも気持ちは不思議なくらい落ち着いていた。
窓の外では暴風雨の音が ンゴゴゴゴゴゴ・・・!!!! という位響いていたが、私は何故か「明日はきっと晴れる」と強く確信していた。


Comments

ひどいですねぇ、結核の人。
これで誰かに感染していたら、
凄いことになってたかも。

あーいよいよ退院ですか?
もうこれ以上のスリリングな展開は期待しませんから、
無事に退院してくださいませ。

ゆっくり養生してくださいね。
まだまだ若い。長生きせねば…ね?

  • [2008/04/07 19:20]
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  • セレステ
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結核~!!
そんな大変な病気を隠して入ってくるなんてずいぶんですね。
でもちゃんと退院出来たんですよね?

以前勤めていた会社(3年ほど前)で結核になった人がいました。
私は彼とはフロアが違ったので殆ど接触する機会はなかったものの、小さな会社だったので念のため全社員検査に行かされました。
幸い全員感染はありませんでしたが、
「レオンを置いて3か月も隔離されてなるものかぁ!!」と心から思いましたよ。

大事にして下さいね…主殿やいねちゃんの為にも!!

v-286セレステさま

ひどいですよねぇ。
そりゃ一日23,000円がタダになるって大きいですけど、こっちにしてみたら
「ちょっと殺す気?!」位な死活問題ですよー。
私なんかよりももっとキツイ治療をしている人も居たし、そんな人がもし菌を貰ってしまったりしたら・・・。

入院手続きとか診察の時に罹患暦なんかもっとちゃんと調べていると思ったんですけどねー。
でもこの前外来検査に行ったらそういう調査票が配られるようになっていました。・・・遅いよ(苦笑)

v-286leonmama さま

ええ、もうさすがに無事に(笑)

でも本当に最後の最後まで「なんじゃこりゃー」って展開でした。
「踏み」のnauって感じです。

本当に私、今回「家族に生かされているんだなー」って思いました。
夫が経済的・精神的にも支えてくれる上で、いねが私の希望になってくれていて・・・。
私はもう自分の人生なんかどーでもいいです(笑)2人の為に頑張って生きて行きたいと素直に思いました!!

こんにちは(^^)
本当に最後の最後までジェットコースターストーリーでしたね(^^;

申し訳ないけど(無事に出てこられたからいいですよね(^^;)
最後はあまりの「踏み」っぷりに、笑ってしまいましたよ(^^;(しかも、春嵐だし)。

まだ、入院されてる方達のことを思うと、笑ってなどいられないのですが(大汗)
でも、まぁ、そこまで考えちゃったら、毎日難しい顔して生きていかなきゃいけなくなるので、
勘弁してもらうとして(笑)

でも、こんな詐欺みたいなやり方で個室代がタダになるというのも。。。ね。
ま、nauさんが無事に出所(笑)されて、よかったよかった、ってことで。

感動

1~14まで一気に読ませて頂きました。
あぁ~!ついていない・・・にも程がある、想像以上の内容でした。(驚)
これ、実録小説になりますね。(笑)
退院されて間もないので、入院生活の辛さがリアルに伝わって来ます。
私も何かに記しておけばよかったなぁなんて思ったりしていますが、
嫌な事は早く忘れたいものです。。
入院当時と今の精神状態に大きな違い・・・心も健康を取り戻している
からですね。
ご主人の気転による「いねちゃん効果」は医師の方にも知って欲しいです。
いねちゃんとの対面の場面では、ワンワンもらい泣きしてしまうほど感動・・・
優しいご主人さまにも感動しました。。
「早く退院まで行き着いて~!」と叫ばずにはいられない、次回に期待して
います。v-22

v-286ルカさま

さすがに前日の午前中は凄くにこやかに回診も受けたのですけど、夕方の改心の時はもうどよ~んとしていました(苦笑)

もー最後の最後でコレかよ!って怒りに燃えましたわ。
担当医も「ナカナカ安心出来る間の無い入院生活でしたね」とおっさっていました・・・。

もうね、本当に今シャバにいられるってことだけで幸せでしょうがないです。
ガラス越しじゃない、腕だけじゃない(病棟の窓は10センチしか開かない)、全身で風を感じられるってだけでもうクラクラしちゃいます。ホントに!!

v-286rikkinger さま

いやな思い出をあえて書いてしまったことで自分を納得させることが出来た気がします。
フツーはこういうこと内緒にしておくのかもしれないんですけど・・・。大胆にも世界に発信しちゃいました~。

こうなるともう後戻りとか否定は出来ない!!全部自分に起きたこと!経験したことなんだ!!って開き直るのだか、本当に今の自分を自分として受け入れられるようになりました。不思議な感じですけど。

入院中にいねに会ったことは本当にありがたい出来事でした。
これには今も夫に感謝しています。
今は病院によってはアニマルセラピーを取り入れている所も出てきているようですよね。
実は元気になったら病院関係のボランティアなどにも参加してみたいな、と考えていたりして。

今回の経験が何か医療の現場に役立てることが出来たら・・・あながち無駄な苦痛じゃなかったな、と思えるかもしれませんよね。

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