東京「お入院」生活 10・底辺 

昨日、入院中知り会いになった方の退院祝いに病棟に駆けつけた。
ロビーで久しいお喋りに花を咲かせていると、私の担当だった医師が通り掛り「nauさん」と声を掛けてきた。

入院中、私は主治医だった彼に対し、物凄く悪意に満ちた感情で接していたし、自分の状態を全部彼らのせいにしてた。

今にして思えば私のお間抜けな展開は別に彼らのせいでも無く、タダ単に私の運が本当についていなかっただけであり、彼らとて余りの「踏み」っぷりに翻弄され、それに対しそれなりに必死に対処をしていたのだと思うようになってきた。

患者の状態を悪くする為に動く訳は無い訳で。

状態が良くなり、退院を間近に控えた頃、私はやっと彼らの顔を見て話が出来るようになってきた。

退院後、今はもう大分気持ちが落ち着いてきたせいか、昨日はしっかり彼の目を見て「お陰さまで出戻らずに元気にしております」と言えた。

一応自分なりに感謝の気持ちを込めたつもりだったが・・・少しは伝わっただろうか?

地味で長い付き合いになる私の科は医師の数が心なしか少ない印象がある。
考えてみれば彼らの存在が私達の命綱なのだ。
どうか、これからも頑張って欲しいと思う。
私のお間抜けな「踏み」っぷりも彼らの臨床経験の足しになるのであれば、まぁしんどかったけど、それでもいいか、と思えるようになってきた。

・・・でも、やっぱり先生、アナタ、一言多くて一声少ない御方かも(笑)




いねカット9


安静解除と共に一緒に外された点滴が再び右手にぶち込まれた。
再び捕まった私はこれから10日間点滴に拘束されることになる。

私はぼーっとしているせいか熱には割と強い(と言うか鈍い)ので、抗生物質の点滴が落ち始めた時「まぁ明日には下がるだろう、そしたら明後日には家に帰る」とぼんやり考えていた。
もうとにかく何が何でも家に帰りたかったのだ。

しかし熱は全く下がらなかった。
朝夕、2回キッチリ抗生物質は流し込まれるのに一向に熱は下がらない。朝は7度位まで下がるのだが午後には9度近くにまで跳ね上がる。
既に六日近く風呂に入っていなかった私はたちまち饐えたような悪臭を放ち始めた。
熱が辛いのか、悪臭が辛いのか、なんだかもうこの頃は良く分からなくなっていたような気がする。
私は当初1週間の入院のつもりだったのでパジャマなども四着位しか持ってきていなかった。しかもパジャマというよりはルームウエアのようなもので、汗をかく熱の時には余り向いていないものばかり。

主殿が出張中なので母に実家にあったパジャマを持って来て貰う。

これもまたタイミングが悪かった。

母が来ている時に主治医が私をカンファレンス室に呼んだ。
当然母も一緒に来た。

高熱を出している私をわざわざ別室のカンファレンス室に呼ぶのだ。これがいい知らせの訳が無い。これから良くないことが起こるのが分かっているのに抵抗出来ない自分が本当に哀れだと思った。

主治医は腎生検の結果が大まかに分った旨を告げた。
結果はいいのか、悪いのか、実は微妙な所で、今治療法に関しては検討中であること、その治療法にも医師によってかなりの意見の差があることを説明してきた。

弱目の治療、中等度の治療、そしてかなり強い治療の3つが検討されていると。

弱目の治療はほとんど検討外であることは何となく分った。
弱目の治療以外は入院治療であることも何となく分った。
私の入院はもう長引くことが決まったようなものだとも分った。

そして医師はもし、強い治療が選択された場合、使用する薬によっては私の体の機能の幾つかが一時的、もしくは永遠に失われる可能性があることを示唆した。

「この段階でnauさんにお話しするべきではないかもしれませんが、治療法が決まってからお話ししてはnauさんの精神的ショックが大きいかと思いまして。こういう方向で検討しています、ということだけでもお話しておいた方がいいかと判断しました」

私はもう頓珍漢にも「もしその治療が取られたとして、私は何時家に帰れるのですか?」と問うた。
もう体云々じゃなくとにかく家に帰りたかったのだろう。
この時の気持ちは実は今ちゃんと覚えていないのだ。
そしてその後どうやって部屋に帰ったのかもよく覚えていない。

覚えているのは自分におおいかぶさって泣いている母の体の軽さと、この日生まれて初めて鼻が裂けたこと。
涙だけでなく鼻水が出過ぎ、かみ過ぎ、小鼻ではなく、真ん中の部分がパックリと裂けた。



名作「鼻」

(こんな感じでせうか)




でも全く痛みは感じなかった。
もうそれ以外のことで脳味噌が一杯一杯だったのだろう。
許容量が狭いのは助かる。広かったら鼻も痛くてしょうがなかった。

主殿が日本に居ない、老いた母も泣かせた、体は衰弱しきっていて熱は一向に下がらず悪臭を放つ自分・・・とにかく「どうして?」という気持ちしかなかった。
本来であれば丸一日で終わる検査なのに、もう一体何日私は解放されないままなのか。
しかも検査結果と治療方針に明るいものは無かった。

朝晩2回扱われる点滴の操作は大体覚えていた。
もうこの抗生物質をコッソリ抜いて捨ててしまおうか。
点滴を嫌がる私に医師が言った「熱が下がらない状態で点滴を止めてしまっては体内に残っている菌によって敗血症を起こす危険があります。ましてや今は体力が落ちています。点滴を止めるわけにはいきません」という言葉が頭の中を反芻した。




余りに効かない抗生物質に見切りをつけ、新たな抗生物質が投入された。

不思議なことにこれがまたピッタリと効いたのか熱がスルスルと下がった。
数日振りの6度代。
こうなると体も少し楽になる。
そして私は念願の風呂に入ることを許された。
折りしもその日は主殿の帰国の日だった。

これがうれしくない訳が無い。
久しぶりに悪臭から解放され、髪も梳いた私は久しぶりに明るい気持ちになった。
主殿の到着は4時の予定だった。
もし順調にいけば8時の面会時間までに来てくれることになっていた。
あの悲惨な見送りをしてしまったのだ。もし会えたら笑顔で迎えたかった。

4時、私はソワソワしながら携帯エリアに移動し、成田空港のフライトインフォメーションのHPにアクセスした。主殿の帰国便を探し、到着時間をチェックする。

到着時間は18時となっていた。 ・・・2時間の遅れ。

今迄30分前後の狂いはあったが2時間なんて初めてだった。
もうこのときの私は普通の精神状態ではなかった。たちまち目の前に「テロ」「ハイジャック」「遺族」「未亡人」という単語がグルグル廻りその場にへたり込んだ。
震える手で成田空港に電話をし、担当に何故2時間も遅れているのかを泣きながら問う。

「現地でのメンテナンスの遅れですが?フライトには支障はありませんよ」

怪訝そうに係りは応えた。

結局6時に帰国した主殿はこの日、面会時間には間に合わなかった。

この夜、私はぼんやりとここで私が期待したり、喜んだり、笑ったりすると絶対に良くないことが起きるなーと考えていた。実際これまでことごとくそうだった。今日も会えることを期待していたらこんな展開だ。

今もあの夜の顔の力がどんどん抜けて行くような変な感覚はしっかり覚えている。


Comments

鼻が裂けるって…え、えーっ!
nauさんの文章読んでると、「明けない夜はない。」って言葉は本当だな。と思ってしまいました。

悲惨さのなかに散りばめているユーモア。素晴らしい文章です。
3度ほど噴いてしまいました。

  • [2008/03/30 21:42]
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  • セレステ
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こんにちは(^^)

これまでの連載(笑)は、「現に退院して回復に向かってる」という、
安心感からのほほんと読み進めてまいりましたが、
さすがに今回は泣いてしまいましたよ(T T)

ご主人の飛行機の遅れを心配する場面。。。

なおさら、3人のお散歩の場面が輝いて見えます(^^)

本当に辛い思いをしましたねv-406
私の心も張り裂けそうです。
よくがんばったね!!!!
そして今もがんばてて凄いね!!!

笑の効果は実証済みですよ!
きみまろv-218グー!!!

本当に本当に大変でしたね。。
もう辛すぎて涙が出ちゃいます。

読んでいるだけで苦しいんですもの・・
実際こういった毎日を過ごされていたnauさんのお気持ちを考えると本当に辛いです。

今はご自宅で療養することができて
本当によかったですね。
だんな様の気遣いも本当に素敵。
腎臓病はずっとお付き合いしていかなければ
ならない病気ですものね。
一日でも早くnauさんの体力が戻られて
いねちゃんぎゅーの毎日になりますように!!

v-286セレステさま

鼻の図を追加してみましたがお分かりになりましたでしょうか。
こんな感じに裂けました。

もうグシャグシャかみすぎたのと真ん中でキュッとしぼっていたせいでしょうか。負担が掛かったと思われます。

加えて安いティッシュだったことも悪条件でございました・・・
入院中のティッシュには是非「鼻セレブ」をオススメしますね~

v-286ルカさま

後で周囲に話したら「いきなり未亡人かよ?!」とドン引きされましたけど・・・。
あの時はもういきなり考えがそこまで飛んでました。

ちょっともうパニクって居たのでしょうね。

今、3人で居る時間が本当に至福のときです。

v-286ぱぴろんさま

書いていて最近これが自分の身に起きた話に思えなくなってきました。
カワイソウだなーコイツ、超間抜け過ぎーみたいな(苦笑)

あの時を思うともう今の辛い症状なんて屁みたいなもんです。あはー

きみまろ、結構面白くてはまりそう~

v-286りょうこさま

ホントに夫には色々負担を掛けてしまいました。
その頃はもう自分のことだけで一杯一杯だったのですが、きっと夫も私以上に不安を抱えていたと思います。
そして勿論いねも。

なんというか、ありがちな結論なのですけど、この入院を機に我が家の何かが変わりました。
多分・・・いい方に(笑)

この腎臓ちゃんとは長い付き合いになるかもしれませんが、上手く、楽しく、付き合っていこうと思っています!

v-301乾燥肌さま

あまりに嬉しく楽しいコメントだったので残しておきたかったのですが(笑)
一応流れを考えて削除させて頂きました~でも勿体無かったですv-408

しかし本当に我がことながら、よく「踏む」展開です・・・そしてまだまだ「踏み」っぷりは継続するのです・・・どこまでも(笑)

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