身代わり・・・ひとりごとです 

今日、年賀状用の写真を撮りましたよ。
いやいや、もう本当に年の瀬。

しかしとんでもねぇ一年だったぜ・・・とため息をつきつつ、ふと去年の今頃ってどんなだったっけ?と思い、一年前の11月のブログを読み返してみる。

・・・ふむふむと読んでいるとなかなか懐かしく面白い。
そうかー、こんなだったなー・・・と思いつつサクサクさかのぼり、「嫌いな言葉・・・愛があれば」というエントリーを読み返した。

ミニテーブルが倒れ、足の甲にぶち当たり物凄く痛かったが、いねに当たらなくて良かった、いねの笑顔が守られるなら骨の一本や二本へし折られようと構わない・・・という内容だった。

これを読んだ瞬間、この一年の苦痛が私にとって全く違うものになった。


この一年、こう言っちゃなんだが、私はまあ結構苦しんだと思う。
精神的にも、肉体的にも常に苦痛を伴って暮らした一年だった。

でも。

でも。

でも・・・これとまったく同じ苦痛をいねが味わっていたとしたら・・・?


つまりだ。

よく母親が熱を出した子供をみて「出来ることなら代ってあげたい」と思うというが、まあ実際に入れ替わることは出来ない。
母親は苦しむ我が子を目の前に、辛い思いにさいなまれるしかないのだ。

つまりだ。

まあ、そうじゃないかもしれないが、もしかしたらいねに降りかかるかもしれなかった災難がこの病という形で私に「入れ替わり」で降りかかったのだとしたら?

いねが苦しむのと自分が苦しむのと、どちらかを選ぶとしたら。

そんなもん決まっている。私は自分が苦しむことを選ぶ。

いねがこの小さな(いや、パピヨンとしてはでかいが)体でうんうんと唸って苦しがる姿を見るくらいなら自分の体が痛い方がよっぽどましである。

考えてみれば年初め、原因が良く分からないおできだの尻尾の潰瘍だのと結構病院の世話になったいねだが、私が病に伏してからというものほとんど健康な状態を保っている。
4月にパテラがわかったが、それとてほとんどその時だけで、しかもその日は私のハゲが判明した日。
いねは体を張って私のハゲへの目線を逸らしてくれた。
その後有り難いことにほとんどパテラの症状は見せない。

この10ヶ月間の苦痛もいねの身代わりとして味わったものだとしたら・・・まさに屁の「突っ張り」。
どーといことは無いように思えてきたから不思議なものである。

持病を持つ愛犬と暮らす飼い主さんのブログなどを読むと、その不安さと切なさはもう私の想像を超えるものだろうと思われる。
ましてやわんこは言葉で説明することが出来ないのだから、「辛いのではないか」「もっと悪くなってしまうのではないか」という推測の不安まで常に抱かなくてはいけないのだ。

それはなんと辛いことだろう。

この狭量な私がそんな精神的重圧に耐えられようはずもない。
きっと不安で押しつぶされてしまうだろう。

それを思えば自分の体が痛いことやハゲや食事制限などなんぼのもんか。

もしいねがもっと元気で明るく長生きしてくれるのだったらもっと痛くても構わない。
ハゲでいねの健康が保障されるならツルッ禿だって、いや、大好きな水分の制限だってウェルカムだ。

その代り・・・いねを絶対に絶対に苦しめないで、って思う。本気で。



いね、本当にありがとう。

お前の存在のお陰で辛いことも明るく考えられるようになったよ。
今年一年、本当にいつもいつもそばに居て励まして支えて助けてくれた。
本当にありがとうな。

お前にどんなことがあってもあたしゃ絶対にお前を守るからさ。

だからどうか一日でも一時間でも一秒でも長く私の傍にいておくれ。


「柿と冬瓜と私」 

一昨日、15日は我が家の5年目の結婚記念日。

でも翌日の昨日、私が仏検を控えていたということもあり、特に何もせずにぼーっと過ごしたわけさ。

で、昨日。

試験を終え、自己採点でボロボロになって帰宅したわたくしを主殿はお疲れ様ご飯に連れ出してくれることに。
んま!記念日デナーってやつですかい。
アンタ、ありがとよ!

今日だけは食事制限を忘れて美味しく喰うだよ!!わーい!




ちなみにだ。

私は食べるものに割と不自由しないタイプ。

なぜならほとんど好き嫌いが無いから。
味にもそんなに繊細な方じゃないので大体どんなものでも美味しく食べることが出来る。これは本当にありがたいことだと我が舌に感謝なわたくし。

・・・とはいえこんな私にもいくつか嫌いな食べ物、というのはある。

ちなみに私の中の嫌いなものレベルというのは5段階あって。

レベル1

「好きではない」という程度。ビュッフェであったとしても手にとることはない。

レベル2

「これ美味しいのよ」とにこやかに供された時に一応飲み下すことが出来る。

レベル3

「嫌いなものは?」と聞かれた時に即答する。
自分から「嫌いな食べ物は・・・」と語る。

レベル4

その嫌いな食物に対して憎悪を持って語ってしまう。

レベル5

アレルギー、体質的にダメ。
好き嫌いを超越した別格。医学的に黄色信号。



まあこんな区分けになっているのだが、レベル1のニガテものが果物のでレベル4のニガテものが豚足冬瓜である。

偶然だが主殿も柿が嫌いらしい。彼の柿嫌い度はレベル4だ。

しかし。

「何か嫌いなものはある?」と問われた時、この3種を口にしたことはほとんどない。

何故なら以前友達の自宅に泊まりに行った折、友達の母上に同様に聞かれ大真面目に「そうですね、豚足と冬瓜がどうしても食べられません」と答えたらご家族全員にドン引き&大笑いされ、「nauさー、それフツー出ないから!!」と諭されたのよ。

まあ確かにそれもそうで、外食の折にまじまじと観察してみてもこの3種が供されている場合はほとんど無い。

ってことはあえて言う必要も無いようだと判断し言わないようになった。


ところがだ!

実は立て続けにこの嫌いなものに出会ってしまった。
しかも記念日デナーで、である。

レベル1の柿だが、これは出会いの10周年記念で行った上野の韻松亭のデザートでどーんと(と言うほどではない。まことに上品な量だったが)出てきた。
二人とも同時に「おお!」とつぶやいたのは言うまでもない。

勿論主殿は食べず、残すのももったいないのでレベル1の私がたいらげた。

そして昨日、5周年の記念日でなーで行ったサンス・エ・サヴールとかいうオサレふれんちのお店でなんとレベル4の冬瓜と出会ってしまった!!

食事の直前、「何かお嫌いなもの、食べられない食材などございませんか?」と問うて来られるも、まさか中華のお店じゃあるまいし、豚足と冬瓜などとこの場で口にできるものだろうか。
私は微笑んで「いいえ、特に」と申し上げたものである。

そしていざ始まったデナー・・・

白っぽいポタージュ状の器が目の前に置かれる。
ほほう、ジャガイモかなんかのスープかの?とまじまじと見つめるわたくしにギャルソンがにこやかに

「冬瓜のスープ、ナンチャラカンチャラでございます」

どふッ! (吐血)

レベル4の冬瓜がまさかこんな場所で襲ってこようとは!!!

ま、量も少なかったし、何より冬瓜らしからぬ仕立て方で割と美味しかったので問題なく平らげられたのですけどね。
つまりこの店は割と美味しいのかと。いや、美味しいのだと思います。
(あ、何しろ味音痴なので味の感想は求めないで下さい)

いやー、しかし、油断ならないものである。

しかしまあ確かに豚足までは出会うことは無いと思うのだが・・・これだけ立て続くとちょっと警戒したくなるわな・・・。
やっぱり笑われようとどうしようと一応「嫌いなものは」と聞かれた時に「豚足と冬瓜が苦手です」といった方が良いかもな。

いや、ほんと、大真面目に悩んじまいましたよ。あたしゃ。

選択の余地・・・胃検診の夜の独り言 

筑紫哲也さんがお亡くなりになりました。

つい最近、緒方拳さん、そして峰岸徹さんと、私の世代的には「お父さん」的存在の年代の方々が次々と亡くなられ、非常にさみしい次第です。

お三方共、がんであったと。

・・・私、最近つくづく思うのですけど、この10か月、根性無しの私的にはかなりしんどい試練を耐えてきたつもりでした。

けど。

試練に耐える、という選択が与えられたってことは本当にラッキーだったんだって思うようになりました。

入院中、検査などで向かう棟があったのですが、そこに向かう途中、「血液・腫瘍内科」がありました。
・・・そこの待合室には帽子をかぶった人が多かったです。

多分・・・あの頃私が通って見掛けた方のうちの何人かは、もうこの世にはいらっしゃらない可能性があります。

がんの恐ろしい所はもう何よりも「余命」がどの位かを宣告されることに尽きると思います。
病と闘うことすら許されないってことです。

それを思ったらどんな痛みだろうが脱毛だろうが、それを耐えれば生きていられる、という選択肢を与えられた私が泣きごと等言える立場ではない気がします。
というか泣きごとなんか言っちゃいけない!

きっとがんに直面した人達は痛みに耐えることで生きていられるならどんな痛みにでも耐える!という気持ちになられたことでしょう。
でもそれは許されず・・・。
でも厳しいことに勝ち目のない勝負だというのにがんは物凄い疼痛を伴うといいます。

私は今自分がこうして生きていられることがとんでもない幸運なことに思えてなりません。

空恐ろしい位です。


・・・実はここ数日になって脱毛しても以前ほど気にしなくなりました。
前は朝、枕を見ては泣き、櫛で梳いては泣き、髪を洗っては泣き・・・って感じだったんですけど。

髪の毛が無くなっても、別に私は私だし、みたいな変な開き直りと共に、やっぱりこうして生きていられるんだったら髪の毛位・・・という気持ちが大きくなってきたみたいで。

あと関節痛も確かにきついんですけど、それも以前ほど苦痛に感じなくなりました。
まーこれしきのこと!って、痛みの閾値が上がったのかしら?
顔は・・・もともと小芋だしな(苦笑)

絶対に「病気のおかげで」とは言いたくないけど、病気をきっかけに考え方がずいぶん変わったな・・・。

こうして生きていられること、生きていれば絶対に進歩があるということ。
どんなに治療でしんどいことがあってもそれに耐える、という選択が与えられたんだということ。

感謝の気持ちを忘れずに生きていかないと本当に申し訳ない。

ジャガイモ面の薄毛女になっちゃいましたが、ひっそりと日陰で、でもしっかりと生きていきたいと思います。



なんかね・・・この時期に、胃がん検診を受けることになって、また色々と考えてしまった一日だったのです。